明治8年青森(筒井村)に営兵所が設けられ、翌9年には歩兵第五連隊が設置された。さらに明治18年には歩兵第四旅団(歩兵第五連隊と歩兵第十七連隊)が編成され、規模が拡大されていった。 連隊に至る道筋は、そこに入営している兵士の家族が面会に訪れるなどのことがあって、大いに賑わった。中でも、堤町は活気にあふれ、一時は市内第一の趣すらあった。商店が並び、映画館があり、飲食店があった。 当時は連隊まで行く交通手段が、歩いていくか乗合馬車で行くかしかなかった。その乗合馬車の発着所だったのが、堤町の角にあった「
また、連隊の将校官舎が立てられていて(現在の藤聖母園)、その道路側には松並木があって、「松原通り」と言われたものであった。 【民俗部会調査協力員 三上強二】 ※『広報あおもり』1997年10月15日号に掲載 |