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更新日:2018年1月18日

「あおもり歴史トリビア」第194号(2016年1月29日配信)

移築された初代公会堂(担当:村上)

歴史資料室では毎月第3水曜日に「あおもり歴史トリビア」を読む会を開講しており、今月は「青森に図書館を!―図書館開設に情熱を傾けた人たち」というテーマで戦前の青森市の図書館についてお話しました。今回はこの講座にも登場した、ある建物を紹介したいと思います。

それは青森市公会堂です。公会堂は明治34年(1901)10月30日、皇太子(のちの大正天皇)御成婚記念事業として建設された集会施設です。この建物は老朽化により大正13年(1924)に建て替えが決まり、翌年、皇太子(のちの昭和天皇)御成婚記念事業として新しい公会堂が建設されています(詳しくは「あおもり歴史トリビア」第58号をご覧ください)。

初代公会堂
初代公会堂(大正時代、歴史資料室蔵)

さて、初代公会堂は建て替えに伴って解体されるのですが、実は移築され、別の用途で使われていました。

大正13年、莨町尋常小学校では児童数の増加から隣接する青森市立工芸学校(現在の青森工業高校)を校舎の一部として使用することになり、工芸学校は橋本尋常小学校に隣接する場所へ移転することになりました。この時、初代公会堂の建物を工芸学校の校舎として使用するために移築したのです。

市立工芸学校
市立工芸学校
(「昭和二年 市勢一覧」、歴史資料室蔵)

翌年には工芸学校の校舎の一部を利用して市立図書館が移転開館しました。『青工百年史』に掲載されている平面図によると、学校の入口とは別に図書館の入口が設けられていたようです。

昭和6年(1931)、工芸学校が沖館に移転することになり、工芸学校の校舎となっていた初代公会堂の建物は青森市立実科高等女学校(現在の青森中央高校)の校舎となりました。実科高等女学校は明治37年に青森市立青森女子実業補習学校として開校して以来、小学校の校舎を利用して授業を行ってきたため、これが初めての独立校舎でした。独立校舎を得た喜びは大きいものだったようで、学校では「独立記念式」と「独立記念バザー」を開催しています。

市立実科高等女学校
市立実科高等女学校
(「昭和六年 市勢一覧」、歴史資料室蔵)

さらに、昭和9年に実科高等女学校の新校舎が浦町に完成して移転すると、初代公会堂の建物は橋本尋常小学校と青森市立夜間中学校(現在の北斗高校)が共同使用することになりました。夜間中学校は市立中学校、市立第二中学校と名前を変えながら、昭和20年の空襲で罹災するまでこの校舎を使いました。また、昭和16年に市立第一中学校(現在の青森北高校)が開校した時には、校舎が完成するまでの間、仮校舎として使用したこともあるそうです。

市立夜間中学校
市立夜間中学校
(昭和11年「都市計画 青森市街全図」、歴史資料室蔵)

このように、公会堂の建物は集会施設としての役割を終えた後も、学校の校舎として大きな役割を果たしていたのですね。

※今回の内容は『青工百年史』、『春秋無限 青森県立青森中央高等学校創立百周年記念誌』、『青森県立北斗高等学校創立六十周年記念 北斗七星』などを参考にしました。

問合せ

所属課室:青森市教育委員会事務局市民図書館 担当者名:歴史資料室

青森市新町一丁目3-7

電話番号:017-732-5271

ファックス番号:017-732-5272

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