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更新日:2018年1月18日

「あおもり歴史トリビア」第193号(2016年1月22日配信)

昭和初期の小学生の受験事情(担当:鈴木)

いよいよ受験シーズン。市民図書館でも連日たくさんの学生たちが勉強に励んでいます。

先日、『青森県総覧』(1928年11月 東奥日報社)という本の中に、「試験地獄」という項目をみつけました。時節柄とても気になったので読んでみると、この頃の受験事情が書かれていて興味深かったのでご紹介したいと思います。

大正期の後半から昭和初期にかけて中等学校への志願者が増加しましたが、それを受け入れる学校が足りず、受験競争が激化していました。

昭和3年(1928)の青森市内には、青森中学・青森高女・商業学校の3つの県立中等学校がありました。ほかに進学先としては市立工芸学校や私立学校もありましたが、中等学校の志願者は多く、大正12年(1923)から昭和3年までの各校の志願者に対する入学者の比率は、青森中学48~57%、青森高女40~55%、商業学校51~64%と、なかなか厳しい数字です。

合浦公園から見た青森中学校と青森商業学校
合浦公園から見た青森中学校と青森商業学校
(大正時代、歴史資料室蔵)

青森高等女学校
青森高等女学校
(『創立記念誌 女師三十周年、高女三十三周年』1941年、歴史資料室蔵)

受験しようとする小学生は、遅くまで学校に残って補習を受け、教師の自宅へ通って勉強する者もあり、またそれにより発育や情緒に問題が生じるなど全国的に社会問題となっていました。

そこで昭和2年11月、文部省は中等学校の入学者選抜の学科試験を廃止し、小学校長からの報告書(最終2学年分の成績などを記載、内申書と通称された)と口頭試問による人物考査、身体検査を行うこととし、昭和3年より実施しました。

これには子どもたちも不安を抱いたようで、新しい制度を前に青森県女子師範附属小学校の生徒に聞き取りをした結果が載っています。男子27名 女子24名が回答し、男子は口頭試問に概ね賛成で、逆に女子は大半が反対でした。その理由として、賛成は「これまでは読み方、算術、綴り方ばかり試験してきたが、今度は全部の学科を試験するからいい」「書くなら少し考えて書けるが、口頭試問はよく覚えてなければ答えられぬから公平だ」など。反対は「口の下手な人は困る」「知っていることでも直ぐに答えられない、考えるひまがない」などでした。さらにこの制度が来年もあったほうがいいかを尋ねると、男子は肯定が、女子は否定が多かったそうです。

しかし学科試験がないといっても、口頭試問では平易な質問のほかに知識を問う問題も出され、また内申書による判定が難しいという問題もありました。結局、昭和5年からは口頭試問に筆記試験を加えてもよいこととなり、この改正は試験地獄の解消にはなりませんでした。

※この回は文部科学省ホームページ「学制百年史」、『青森県教育史』などを参考にしました。

問合せ

所属課室:青森市教育委員会事務局市民図書館 担当者名:歴史資料室

青森市新町一丁目3-7

電話番号:017-732-5271

ファックス番号:017-732-5272

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