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更新日:2017年3月9日

「あおもり歴史トリビア」第187号(2015年12月4日配信)

青森市における初めてのラグビー(担当:鈴木)

とうとう12月に入りましたね。今年もいろいろな流行がありましたが、最近ではやはりラグビーの五郎丸ポーズでしょうか。また、男女とも七人制ラグビーがオリンピック出場を決めて注目されていますね。

では、青森ではいつごろからラグビーの試合が行われていたのでしょうか?

19世紀末に慶應義塾の学生に伝えられたラグビーは、1920年代に入って全国各地で盛んになりました。しかし、青森県にはチームがなかったため、元早大ラグビー部選手の島田敏夫氏や青森市議会議員の岡本喜作氏らの呼びかけで、昭和11年(1936)7月23日、青森市に「青森ラグビー協会」が設立されました。会長は青森中学校(現青森高校)校長の吉田彌三氏に決まり、加入希望者は19名、協会のチームには他県の高校・大学のラグビー部で競技経験のある元選手のほか、陸上選手も加わりました。ユニフォームは黄色に黒の太い横縞、練習は毎週火・金の午後5時から合浦公園か鉄道野球場で行うこととしました。

協会設立から1か月半後の9月10日には、合浦公園グランドにおいて、強豪の仙鉄(仙台鉄道局)チームを迎え、対戦しました。これが青森県で最初に行われたラグビーの試合です。まだ一般に競技が定着していなかったため、『東奥日報』では前日・当日と「ラグビーの観方」という特集を組んでいます。試合は前後半各20分のハーフタイム5分で、多くの観衆が見守る中、午後4時55分キックオフ。青森チームは善戦しましたが、やはり素人が多く、また、勤めの関係で練習不足は否めず、赤白縞の仙鉄チームに歯が立たずにトライ0、ゴール0の54対0で残念ながら大敗を喫しました。

合浦公園のトラック
合浦公園のトラック
(『青森名所案内』昭和8年、青森市役所)

このラグビー協会が設立された昭和11年、学生たちにもラグビー熱が興り、青森中学校に同好会チームができ(翌年から部に認可)、さらに翌年には五所川原農学校(現五所川原農林高校)にラグビー部が新設され、昭和12年11月に第1回県下中等校大会が両校の対戦で行われています。私も先月、陸上競技場で開かれた今年の高校ラグビー青森県大会の決勝を観戦し、高校生たちの熱い戦いを応援してきました。今年は青森北高校が県代表となり、年末年始に花園ラグビー場で行われる全国大会に出場します。ぜひ頑張ってきてほしいですね!

※この回は『東奥日報』記事および『青森高校百年史』を参考にしています。

問合せ

所属課室:青森市教育委員会事務局市民図書館 担当者名:歴史資料室

青森市新町一丁目3-7

電話番号:017-732-5271

ファックス番号:017-732-5272

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