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更新日:2017年3月9日

「あおもり歴史トリビア」第185号(2015年11月20日配信)

画家・藤田嗣治と青森市(担当:村上)

今月14日、画家・藤田嗣治(ふじた・つぐはる:1886-1968)の生涯を描いた映画「FOUJITA」が公開されました。昨年、この作品の撮影が青森県内で行われ、新聞やテレビで話題となりましたね。このとき撮影されたのは昭和18年(1943)に青森市で開かれた「決戦美術展覧会」の場面だそうです。藤田はこの展覧会に作品を出品し、会場を訪れていたのです。

さて、藤田といえば独特の「乳白色の肌」の女性や猫を題材にした作品で知られていますが、戦時中には陸海軍の要請を受けるなどして戦争を題材とした作品(戦争画)を描いたこともありました。その代表的な作品の一つが昭和18年に描かれた「アッツ島玉砕」です。縦1.93メートル、横2.59メートルの大きな作品で、同年5月のアッツ島における日本軍玉砕をテーマにしています。この作品は同年9月、東京都美術館で開かれた「国民総力決戦美術展」に出品され、さらに「決戦美術展覧会」でも展示されました。

「決戦美術展覧会」は陸軍美術協会と東奥日報社の共催により、昭和18年11月6日から12日まで、青森市公会堂3階のホールにおいて開かれました。展覧会の開催を伝える『東奥日報』の記事には「アッツ島玉砕」の写真が掲載されており、この作品が展覧会の目玉だったことがわかります。

「決戦美術展覧会」の会場となった青森市公会堂
「決戦美術展覧会」の会場となった青森市公会堂(『目で見る青森の歴史』より)

藤田は晩年、美術評論家・夏堀全弘(なつぼり・まさひろ)へ送った手記の中で青森市を訪れたときのことを綴っています。それによれば、藤田は青森市に到着すると、展覧会の関係者には告げずに一人で会場を訪れました。そこで目にしたのは「アッツ島玉砕」の前で「祈り拝んで居る老男女」たちが「御賽銭を画前になげてその画中の人に供養を捧げて瞑目していた有様」でした。藤田は自分の描いた絵が拝まれるという光景に驚いたといいます。そして、体験を振り返り、この作品を「快心(会心)の作」だったと記しています。

藤田は夏堀に宛てた手紙の中で戦争画を描いた時代を「一生の中から見れば最短時代の瞬間」であり大したことではないと説明しています。それでも青森市での体験を手記に綴ったということは、藤田にとっては忘れられない、重要なできごとだったのでしょうね。

※今回の内容は夏堀全弘『藤田嗣治芸術試論』(平成16年 三好企画)、近藤史人『藤田嗣治「異邦人」の生涯』(平成14年 講談社)などを参考にしました。

問合せ

所属課室:青森市教育委員会事務局市民図書館 担当者名:歴史資料室

青森市新町一丁目3-7

電話番号:017-732-5271

ファックス番号:017-732-5272

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