グローバルメニュー サブメニュー
  • 文字サイズ変更・色合い変更
  • Foreign Language

ホーム > 文化・スポーツ・観光 > 歴史 > メールマガジン「あおもり歴史トリビア」 > 「あおもり歴史トリビア」第184号(2015年11月13日配信)

ここから本文です。

更新日:2017年3月9日

「あおもり歴史トリビア」第184号(2015年11月13日配信)

雪中行軍遭難六十周年記念式典(担当:鈴木)

八甲田の紅葉も終わり、また雪の季節が訪れますね。

皆さんは幸畑にある「八甲田山雪中行軍遭難資料館」に行かれたことはありますか。あおもり歴史トリビアの第41号・第42号でもご紹介しましたが、資料館は平成16年(2004)7月にリニューアルオープンし、また市指定史跡天然記念物になっている幸畑陸軍墓地と墓地の創設当時に植えられた周囲の多行松(たぎょうしょう)なども整備されて、とてもあずましい場所になっています。

八甲田山雪中行軍遭難資料館
八甲田山雪中行軍遭難資料館

平成14年6月23日にはこの幸畑陸軍墓地で、遭難史跡保存会と青森市の実行委員会が主催し、大きな式典はこれを最後とする「雪中行軍遭難百周年慰霊式典」が開かれました。しかし、明治35年(1902)1月の青森歩兵第五連隊雪中行軍から113年経ち、最近は事件のことをよく知らない若いかたもいらっしゃるようです。

この同じ場所で、昭和37年(1962)6月9日に「雪中行軍遭難六十周年記念式典」が開かれました。雪中行軍犠牲者の慰霊祭は終戦まで毎年行われていましたが、戦後は一時中断していました。そこで、昭和35年に筒井社会福祉協議会などが主となって準備委員会を組織し、遺族の調査や墓地・道路・駐車場の整備、供養塔・史跡の標木設置などを進めました。式典に当たり、寄付や協力を求める趣意書には、この式典を契機にさらに墓地を整備し、「東京品川の泉岳寺、会津の白虎隊墓地のような聖地たらしめんとする悲願」と書かれています。

式典には遺族150余名と関係者・招待客らが参加し、また、雪中行軍の11名の生存者のうち、この時に御存命だった3名のひとり阿部卯吉さん(当時83歳)も参加されました。

式典後、参加者はバスや自動車に分乗し、この日に間に合わせるために6月3日から7日まで5日間の突貫工事で整備された道路を通って遭難現地や後藤伍長銅像を訪れました。その後、陸軍墓地に戻り会食しました。会食中には、青森自衛隊の有志により雪中行軍遭難ドラマが演じられました。これは、雪の八甲田をねぶたで作って背景とし、猛吹雪は煙幕で表現、兵隊たちが雪と戦い次々と倒れていき、最後は背景の八甲田の後ろから銃を持った後藤伍長が不動の姿勢で現れるというものでした。

また、遺族らにはブナの苗木が贈呈されました。これは遭難した兵士たちが田代温泉を目指していたことから、田代開拓団が遭難者との縁を感じ、参列者に対して記念になるものを贈りたいと準備したそうです。持ち帰って植えられた木も、今はずいぶん育ったことでしょうね。

八甲田山雪中行軍遭難資料館には、遭難に関する資料のほか、当時の時代背景や事件のあらましについて解説するパネルを展示されており、ミニシアターも楽しめますので、初めてのかたも、旧資料館しか見ていないかたもぜひ足を運んでみてください。

多行松
多行松

※今回のトリビアは『青森市史 別冊 雪中行軍遭難六十周年誌』(昭和38年 青森市)の記述からご紹介しました。

 

問合せ

所属課室:青森市教育委員会事務局市民図書館 担当者名:歴史資料室

青森市新町一丁目3-7

電話番号:017-732-5271

ファックス番号:017-732-5272

より良いウェブサイトにするために皆さんのご意見をお聞かせください。

このページの内容は分かりやすかったですか?

このページの情報は役に立ちましたか?

このページの情報は見つけやすかったですか?