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更新日:2017年3月9日

「あおもり歴史トリビア」第181号(2015年10月23日配信)

雲谷地区の歴史(担当:鈴木)

秋も深まり、八甲田にもとうとう初冠雪がありましたね。明日からは奥入瀬渓流エコロードフェスタもあり、行楽に行かれるかたも多いのではないでしょうか。

私は先々週、素晴らしく晴れた休日に、モヤヒルズの「雲谷(もや)新そばまつり」に行ってきました。コスモス畑の花はもう見頃を過ぎていましたが、青空をバックに眼下に広がる青森の市街地、その先に津軽半島と下北半島、さらにその向こうに津軽海峡が見えて、「青森市は本州から北海道へ渡る玄関口」であることを実感しました。

モヤヒルズ
モヤヒルズ

雲谷新そばまつりの案内板
雲谷新そばまつりの案内板

雲谷峠
雲谷峠

この雲谷地区は藩政時代には雲谷村と称して、弘前藩の馬を繁殖させる牧が置かれ、明治22年(1889)の町村制施行により横内村の大字となりました。昭和戦前期になると新たに雲谷に入植する人が出始め、また戦争中には食糧増産のため青森市が賃貸契約を交わして雲谷平(もやたい)を借り受け、動員された青森市の中等学校生徒たちによって開墾されました。

戦後は食糧増産対策と、海外からの復員軍人や引揚者、戦災罹災者、さらには農家の二・三男の失業対策として各地で進められた開拓地の一つになりました。当初、入植されたかた達は厳しい生活を強いられ開墾も困難を極めましたが、しだいに酪農を中心に安定した農業経営ができるようになりました。

やがて、昭和35年12月に雲谷にリフトが作られスキー場が開設されて以降、昭和44年に雲谷スカイランドホテル開業、翌年にはパノラマタワーやジェットコースターなどがある雲谷スカイランドがオープン、また火箱沢林道の開通で八甲田エイトラインが誕生しました。さらには昭和52年12月に八甲田自然休養村センターが雲谷スキー場内に完成、昭和60年には雲谷温泉開業など観光開発が進み、道路が整備され、開拓地としての雲谷地区は通年で楽しめる青森市近郊の観光地に変わっていきました。それに伴い農業外での就労機会も増えて入植したかたたちの生活も変化していき、農家の戸数も減少していきました。

雲谷スカイランド
雲谷スカイランド(昭和46年、広報広聴課蔵)

現在では、青森市民が気軽に楽しめるモヤヒルズをはじめとして、近くには国際芸術センター青森や八甲田憩いの牧場、合子沢記念公園などがあり、幅広い年代が楽しめる地域になっています。

もうしばらくすると八甲田は雪の季節を迎えます。雲谷スキー場のナイターゲレンデの灯りをご覧になりながら、時には少~し昔の雲谷の様子を思い浮かべてみてください。

※今回は『新青森市史』通史編第4巻現代および『雲谷財産区創立五十周年記念 おやすの里』、『雲谷に生きる 川村慶次郎翁―回想記』を参考にしました。モヤヒルズの歴史については、「あおもり歴史トリビア」第136号(2014年12月5日配信)をぜひお読みください。

 

問合せ

所属課室:青森市教育委員会事務局市民図書館 担当者名:歴史資料室

青森市新町一丁目3-7

電話番号:017-732-5271

ファックス番号:017-732-5272

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