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更新日:2017年3月9日

「あおもり歴史トリビア」第175号(2015年9月11日配信)

戦時中の子どもたちと農繁季節保育所(担当:鈴木)

こんにちは、嘱託員の鈴木です。

先月まで市民図書館で展示しておりました「戦後70年記念展示 学校と戦争―動員された子どもたち―」では、学齢期の子どもたちの暮らしを取り上げましたが、もっと小さい子どもたちはどうしていたのでしょうか。今回は、ほんの一部ですが歴史資料室で所蔵する資料をご紹介します。

それは、浪岡地区北中野で作られた「昭和17年度 農繁季節保育所経営計画書」(北中野保育所・五郷村銃後奉公会)です。農繁季節保育所(託児所)とは、田植や稲刈りなど農繁期だけ子どもたちを預かり保育するものです。戦争が長引くにつれ食糧が不足し、生産する農業の担い手も不足しました。その上農繁期には家族が目を離した隙の幼児の事故が多かったため、次世代の兵士や生産者を失わないようにすることと、子育て中の農家の女性たちが安心して増産に励めるように、季節保育所の設置が奨励されました。北中野では比較的早い時期から開設していたようで、昭和6年(1931)7月の『東奥日報』に北中野託児所の記事が出ています。また同紙の記事によれば、昭和8年6月には県内の季節保育所は40か所でしたが、11年は124か所、18年には700か所以上に増えました。

「昭和17年度農繁季節保育所経営計画書」
「昭和17年度 農繁季節保育所経営計画書」(歴史資料室蔵)

この計画書では、昭和17年度は6月10日から2週間、北中野国民学校内に季節保育所を開設し、所長は学校長、保母は女性教員、助手は勤労動員された弘前高等女学校生徒8名、手伝いは大日本婦人会員、女子青年団員、少年団員とされています。子どもたちは先生を隊長とする幼児の4中隊と、保健婦を隊長とする乳児の特別隊に編成され、それぞれスケジュールが決められていました。行事予定をみると「衛生日(爪切り・散髪)」「健康診断」「入浴日」「遠足」「紙芝居の日」「郷土視察の日」「学芸会」「運動会」などなかなか盛りだくさんで、子どもたちは楽しかったろうと思います。昼食やおやつの献立は「鰈(カレイ)と蕗(フキ)の煮付」「ミソ饅頭」などバラエティに富んでいますが、少年団員の役割に「野生食料採集」とありますので、実際は材料の調達に左右されたかもしれません。

微笑ましいのは「赤ちゃんの日課」で、「おんぶさって出校」「えいじこ(嬰児籠)にもはいる」などちゃんとスケジュールが決められ、毎日検温し、哺乳や健康状態、便通も記録するようになっていました。

この計画書には、先生を中心にいろいろな年齢の子どもが手をつないでいる1枚のセピア色の写真が貼られています。国策に沿うためではありましたが、地域の子どもたちをなんとか健康に楽しく過ごさせたいとの気持ちが伝わる計画書だと思います。

北中野保育所のようす
北中野保育所のようす
(「昭和17年度 農繁季節保育所経営計画書」より)

問合せ

所属課室:青森市教育委員会事務局市民図書館 担当者名:歴史資料室

青森市新町一丁目3-7

電話番号:017-732-5271

ファックス番号:017-732-5272

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