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更新日:2017年3月9日

「あおもり歴史トリビア」第169号(2015年7月31日配信)

「丑湯」の賑わい(担当:鈴木)

こんにちは。嘱託員の鈴木です。暑い日が続いていますね。

先週の7月24日は夏の土用の丑の日でした。この日、浅虫の源泉公園で行われた丑湯祭事で牛の木像を沐浴させ足湯に菖蒲を浮かべたことや、酸ヶ湯温泉で昨年発見された丑湯を描いた棟方志功の肉筆画を展示したことが話題になりましたね。

土用の丑の日は、この日に水浴びをすると夏負けしない、海水浴をすると病気をしない、また牛馬に水浴びさせるとよいなどといわれ、「丑湯」といって菖蒲や薬草を入れた湯に入る風習もあります。青森市では、『新青森市史』民俗編によると、戸門・岡町では丑の日に菖蒲・桃の枝・ドクダミを入れた風呂に入ると日射病にならないとされ、油川ではドクダミを入れた湯に入るとよいとされました。

古い新聞記事の中にも丑湯の話が出てきます。明治44年(1911)の『東奥日報』は、ちょうど土用の丑の日が日曜日だったので、前日から汽車で大鰐・碇ヶ関・浅虫の温泉地へ向かう人で混雑し、平常は160人くらいの浅虫駅の降客数が941人だったと伝えています。大正期に入ると丑湯に入るため温泉地を訪れる人はさらに増加し、大正7年(1918)の丑の日前日には1602人、当日は932人もが浅虫駅で下車しました。汽車以外で訪れた人も含めると大混雑だったようで、「湯壺はまったく芋の子を洗うがごとく」と書かれています。

戦前の浅虫温泉
戦前の浅虫温泉(歴史資料室蔵)

また、酸ヶ湯温泉も丑の日は大賑わいで、大正5年の同紙では、例年丑の日は入浴客で混雑するが、今年は郡場ふみ氏(弘前大学第2代学長で植物学者の郡場寛氏の母、夫の直世氏と共に酸ヶ湯温泉を経営し八甲田の植物を研究した)が建設した三十三観音開きをし、酒肴のほかに若者らの相撲で入浴客を楽しませ、宿泊料もふだんの半額にして優待するとの記事があります。

酸ヶ湯温泉客舎
酸ヶ湯温泉客舎(歴史資料室蔵)

これらを見ると、従来、滞在して湯治する場所であった温泉が、鉄道などで気軽に出かけられるようになったことで行楽する場所に変わってきたと思われます。昭和期に入っても土用の丑の日は「温泉場としては一年中の最も大切な時」と書かれているので、丑湯は温泉地の書き入れ時だったのですね。

すかゆ丑湯祭の相撲風景
すかゆ丑湯祭の相撲風景(『あおもり』〈昭和34年、青森市経済部商工課〉より)

ほかにも土用にまつわる言葉には、土用掃き・土用干し・土用うなぎ・土用しじみ・土用灸(きゅう)などがあります。今年は8月5日にもう一度、土用の丑(二の丑)がありますので、夏の強い日差しを利用して屋内にしまってある物の湿気を取ったり、ドクダミならぬハーブのお風呂に入ってみてはいかがでしょうか。

問合せ

所属課室:青森市教育委員会事務局市民図書館 担当者名:歴史資料室

青森市新町一丁目3-7

電話番号:017-732-5271

ファックス番号:017-732-5272

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