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更新日:2017年3月9日

「あおもり歴史トリビア」第166号(2015年7月10日配信)

戦時中に一度だけ行われたねぶた(担当:鈴木)

今年もねぶた祭の季節が近づいてきましたね。ねぶたは藩政時代から続く青森の伝統行事ですが、長い歴史の中で、禁止されたときや中止されたときがありました。

ねぶた「御所の五郎丸、曽我五郎時致」
ねぶた「御所の五郎丸、曽我五郎時致」(昭和8年、歴史資料室蔵)

昭和12年(1937)7月7日に盧溝橋(ろこうきょう)事件が勃発し、日本国内は一気に戦時色が強まりました。青森市では、この年の9月6・7・8日に「市制施行40年並に開港30周年記念祭」も予定していましたが、この記念祭と、その前に行われるねぶた祭りも時節を考慮して中止となってしました。

ねぶた「討入の大石主税」
ねぶた「討入の大石主税」(昭和11年、歴史資料室蔵)

その後、戦局はますます悪化し、ねぶたは中止されたままでしたが、昭和19年だけは「決戦生活の明朗化と士気高揚」のために開催されました。期間は8月4日から6日までの3日間で、4・5日は午後4時から11時までの自由運行、6日は青森警察署前で審査、優秀なねぶたには賞金が出され、その後そろって市内を運行しました。物資のやりくりが厳しく作製を断念する団体もあったようですが、参加ねぶたは18組、赤襦袢(じゅばん)や女装はご法度、簡素な花笠のみ許可、ご祝儀は禁止、空襲警報が発令されたら解除まで中止というものでした。『東奥日報』の取材にねぶた製作者の方が、現在ねぶたを知っているのは14、5歳以上なので、決戦的な美しいねぶたをつくってねぶた行事を意識づけたいと話しています。ねぶたを知らない戦争中の子どもたちに、この機会に「美しいねぶた」を見せてやりたいと願ったのですね。

問合せ

所属課室:青森市教育委員会事務局市民図書館 担当者名:歴史資料室

青森市新町一丁目3-7

電話番号:017-732-5271

ファックス番号:017-732-5272

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