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更新日:2017年3月9日

「あおもり歴史トリビア」第164号(2015年6月26日配信)

日本プロ野球初の完全試合達成の地・青森市営野球場(担当:村上)

こんにちは。今回は昭和25年6月(1950)合浦公園内にオープンした青森市営野球場についてお話しします。

青森市営野球場は昭和23年に公共空地整備事業として建設に着工し、昭和25年に未完成ながら使用可能な状態となったことから、同年6月28日に球場開きを行いました。球場開きの記念試合で巨人の藤本英雄投手が日本プロ野球初の完全試合を達成したことは、「あおもり歴史トリビア」第105号でもご紹介しましたね。

市営野球場
青森市営野球場
(昭和20年代後半、『復興した 新しい青森』より)

この記念試合はセントラル・リーグの4チーム(読売ジャイアンツ、広島カープ、松竹ロビンス、西日本パイレーツ)によって行われました。4チームは札幌で試合を行った後、球場開き前日の6月27日に到着する予定でした。しかし、25日に札幌で行う予定の試合が雨で順延となったため、選手たちは試合当日、早朝の連絡船で青森駅に到着しました。そして、浅虫温泉へ移動して旅館で身体を休めた後、試合に臨みました。

一方、球場には試合を楽しみにしていた人々が開門前から集まっていたようです。試合前日の午後11時時点で約200人が並び、当日の午前2時には入場を開始したといいます。この日の入場者は約1万5千人で、入場制限をしなければならない状況となり、球場周辺の民家の屋根から観戦した人もいたそうです。県内初のプロ野球公式戦ということもあり、ファン待望の試合だったのでしょう。

記念試合は午後1時開始の予定でしたが、選手の到着が遅れたことから午後2時開始となりました。試合の前には津島県知事から松竹の小西監督と広島の石本監督への花束贈呈、横山市長による始球式が行われました。第一試合の松竹対広島は6対1で松竹の勝利、第二試合の巨人対西日本は4対0で巨人の勝利となり、この試合で完全試合を達成した藤本投手には翌日、横山市長から花束が贈呈されました。

それから約半世紀が経過し、青森市営野球場は老朽化が進んだため、平成11年(1999)5月から改修・改築工事を行い、翌年6月16日にリニューアルオープンしました。工事により両翼が91メートルから98メートルに延長され、照明設備や電光スコアボードも整備されました。リニューアルにあたっては市民から愛称を募集し、「合浦公園スタジアム」と決まりました。

上空から見た青森市営野球場

上空から見た青森市営野球場

なお、青森市営野球場の前には「日本プロ野球初の完全試合達成記念碑」(平成6年に合浦公園開園百周年を記念して建立)がありますので、合浦公園を訪れた際にはぜひご覧ください。

※今回の内容は『新青森市史』通史編第四巻、『青森県史』資料編近現代5、藤田友志『完全試合―日本プロ野球史上初―』、『東奥日報』昭和25年6月28、29、30日朝刊などを参考にしました。

問合せ

所属課室:青森市教育委員会事務局市民図書館 担当者名:歴史資料室

青森市新町一丁目3-7

電話番号:017-732-5271

ファックス番号:017-732-5272

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