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更新日:2017年3月9日

「あおもり歴史トリビア」第163号(2015年6月19日配信)

自動交換電話の出現と女性交換手たち(担当:鈴木)

こんにちは。今回は、最近興味深く読んだ古い新聞記事をご紹介したいと思います。それは、昭和10年(1935)12月に新築移転した青森電話局について調べていた時に見つけたものです。

青森電話局では明治38年(1905)10月から電話交換業務を開始しました。電話交換というのは、通話者が電話局の交換手に相手の番号を伝え、交換手が手動でその番号に繋ぐものです。当初は男性交換手だけでしたが、明治39年11月に25名の女性が採用され、翌40年3月に女性電話交換手が誕生しました。

昭和10年に新築移転する前の電話課(左)と青森郵便局
昭和10年に新築移転する前の電話課(左)と青森郵便局
(歴史資料室蔵)


昭和11年9月、青森電話局は東北6県で最初に市内電話を自動化しました。この大変革にあたり、勤続28年のベテランである佐山イチ子さんをはじめとする女性職員6名と男性職員3名を招いて座談会「手動式交換時代を語る」が東奥日報社で催されました。この内容が昭和11年9月6・7日の『東奥日報』に掲載されています。

青森電話局
移転後の青森電話局
(昭和11年発行「都市計画 青森市街全図」、歴史資料室蔵)

座談会で出た辛かった思い出は、お客さんに怒鳴られたことや酒に酔ってかけてきて困らせる人がいること(特に正月)など。また、嬉しかった事のひとつに、通話者同士が聞き取りにくいときに間に入って話を取り次いであげて感謝されたときを挙げているのは、実にのんびりした時代ですよね。男性交換手の時代には通話者と喧嘩(けんか)になることもよくあったそうですから、女性交換手になって評判も良かったのではないでしょうか。

また、座談会では結婚退職問題にもふれています。恩給制度や共済組合もあり、電話交換手は女性の職業として人気がありましたが、青森では局の方針で結婚退職が前提となっていました。昼夜を問わない三交代勤務のため、家庭や子どもをもつと体に無理が生じて業務に支障をきたすため、母体保護と利用者へのサービスを考えてという理由でしたが、今も昔も同じ問題が横たわっているのだなと感じます。司会の東奥日報社員が、結婚によって職業が奪われることがないよう、そこを保護していく必要があるのではと突っ込んでいますが、この件に関しては男性課長ばかり答えているので、現場の女性の意見が聞いてみたかったところです。さらに東北六県の事例を尋ねると、他局では結婚後も勤務を続け、授乳のために子どもを局まで連れてきてもらっている職員もいるそうだが、青森は仕事の能率優先と答えています。

ちなみに、この自動交換電話の出現で失職が懸念されていた電話交換手たちは、希望者全員が市外通話と特殊通話のための交換業務につけたそうです。座談会から9年後の青森空襲当夜も女性たちの交換業務は続けられ、その時に宿直勤務されていた女性職員の方が、昭和54年に発行された『青森電話局七十三年の歩み』(青森電話局)に、空襲の夜の思い出と、戦後も家庭を持ちながら仕事を継続できている喜びを書いていらっしゃいます。

問合せ

所属課室:青森市教育委員会事務局市民図書館 担当者名:歴史資料室

青森市新町一丁目3-7

電話番号:017-732-5271

ファックス番号:017-732-5272

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