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更新日:2017年3月9日

「あおもり歴史トリビア」第158号(2015年5月15日配信)

大火で失われた市立図書館の再建(担当:村上)

先週のトリビアは明治43年(1910)の大火のお話でした。この大火で米町にあった青森市立図書館が焼失し、大正4年(1915)まで休館状態になってしまったことは「あおもり歴史トリビア」第155号でご紹介しました。今回は図書館再建を巡る市の動きと市民の活動についてお話しします。

大火の後、市ははじめから図書館を休館しようと考えていたわけではないようです。なぜなら、明治43年7月の市会で可決された市の災後経営案(明治43年度追加予算)には「図書館費」という項目があり、予算が計上されていたのです。では、なぜ図書館はすぐに再建できなかったのでしょうか。

大きな理由は復興計画の財源にあったと考えられます。図書館費のほか学校や病院の建設費用などを盛り込んだ復興計画には100万円以上の予算が計上され、市はその財源として市債を発行するとしていました。しかし、内務省による査定で市債発行額が減額されたため、市は改めて復興計画をまとめることになりました。この時、図書館新築は計画から外れ、大正3年まで図書館再建の動きはみられなくなるのです(大正3年以降の動きは「あおもり歴史トリビア」第50号をご覧ください)。

一方、青森市立図書館が休館状態になっている時期、市民の間で簡易図書館の設立に向けた活動が行われていました。活動の中心となっていたのはのちに市会議員などを務める伊東武次郎(のちの善五郎)です。

伊東善五郎
伊東善五郎(『復興した 新しい青森』より)

伊東は読書仲間の三浦秋之助、郡場徹らとともに、それぞれの蔵書を持ち寄り、必要な資料の収集に奔走しました。そして大正4年2月には、私立青森簡易図書館を私立青森幼稚園内に開設することにしました(私立青森幼稚園については「あおもり歴史トリビア」第122号でご紹介しました)。伊東らは私立青森幼稚園の初代園長・淡谷清蔵に幼稚園の一室を無料で貸してもらえるよう頼み、許可を得たそうです。淡谷は青年倶楽部図書部・私立青森図書館の活動にも関わっており、図書館活動に理解のある人物だったと考えられます。

大正4年9月、青森市立図書館が帝室林野管理局の建物を利用して開館しますが、その後も私立青森簡易図書館の活動は続きました。なお、青森市立図書館と私立青森簡易図書館はともに昭和3年に開館する県立図書館へ蔵書を寄贈して閉館しています。

※今回の内容は『青森市議会史 明治編』、『青森県立図書館史』などを参考にしました。

問合せ

所属課室:青森市教育委員会事務局市民図書館 担当者名:歴史資料室

青森市新町一丁目3-7

電話番号:017-732-5271

ファックス番号:017-732-5272

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