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ホーム > 文化・スポーツ・観光 > 歴史 > メールマガジン「あおもり歴史トリビア」 > 「あおもり歴史トリビア」第152号(2015年4月3日配信)

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更新日:2017年3月9日

「あおもり歴史トリビア」第152号(2015年4月3日配信)

「あおもり歴史トリビア」4年目を迎えて(担当:工藤)

こんにちは!歴史資料室室長の工藤です。

先週ご報告しましたように、市史編さん室は、青森市民図書館のなかの「歴史資料室」として新年度を迎えました。そのため、年度末は引越し作業で大わらわでした。現在、荷解きの作業と、資料の整理と配架の準備を始めたところです。市史編さん事業で収集した資料の公開については、今しばらく時間がかかりそうです。

さて、JR青森駅から青森市民図書館がある辺りは、藩政時代の「青森町」のなかにあります。歴史資料室は、市史編さん室当時から何度も引越しをしてきましたが、「青森町」に住所を置くのは初めてのことです。

ただ、藩政時代の「青森町」…といっても、藩政時代全期にわたってこの辺りはほとんどが田畑であったようです。地図を眺めていると、どうやら明治24年(1891)東北本線の開通後しばらくして、駅が新町側に移転したことが、この辺りの本格的な開発の契機となったように思います。ですから、藩政時代からの青森町のなかにはあるものの、近代になってからの新開発地ということになります。

明治25年の青森駅周辺
明治25年の青森駅周辺
(「青森実地明細絵図」、『青森市史』第五巻付図)

明治時代に入り、青森町では明治5年から海側(北側)の大規模な開発が始まります。これは、「港町青森」の再開発といった側面があったと思われます。一方、市民図書館のある辺りは、鉄道が青森の地にやってきたことにより開発されます。つまり、藩政時代以来の青森町の景観は、明治時代になって「海陸の交通路の整備」をキーワードに大きく様変わりしたのです。逆に言うと、近代青森町の特色はこうした新開発地のなかにあるのでは…と思われるのです。

これを、私の今年度のテーマとして勉強してみることにします。

メールマガジン「あおもり歴史トリビア」は、新天地で4年目を迎えました。引き続きご愛読のほどよろしくお願いいたします!

問合せ

所属課室:青森市教育委員会事務局市民図書館 担当者名:歴史資料室

青森市新町一丁目3-7

電話番号:017-732-5271

ファックス番号:017-732-5272

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