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更新日:2017年3月9日

「あおもり歴史トリビア」第150号(2015年3月20日配信)

市民の教養と憩いの殿堂・市民文化センター(担当:村上)

こんにちは。嘱託員の村上です。「あおもり歴史トリビア」第135号(2014年11月28日配信)では、青森市中央市民センターにある「弘前大学医学部発祥の地」の碑と、この場所にかつてあった学校の歴史をご紹介しました。今回はその続編として、青森市中央市民センターの歴史についてお話しします。

青森市中央市民センター
青森市中央市民センター

青森市中央市民センターがかつて青森市民文化センターという名称であったことは、ご存じのかたも多いことでしょう。また、この建物に青森市立中央公民館が置かれたことから、中央公民館と呼んでいたかたもいらっしゃるかと思います。青森市民文化センターと青森市立中央公民館を一体化し、青森市中央市民センターと名称を改めたのは平成5年(1993)のことでした。

さて、青森市民文化センターは市制70周年記念事業の一つとして、松原中学校の跡地に昭和43年(1968)4月1日起工し、昭和44年10月1日に完成しました。

市民文化センターとアドバルーン
市民文化センターとアドバルーン
(昭和44年、広報広聴課蔵)
市民文化センター竣工式
市民文化センター竣工式
(昭和44年、広報広聴課蔵)

1階の市民ホール・ラウンジには世界各国から集められた色大理石で構成されたモザイク壁画「太陽」が飾られています。これは太陽のように未来にはばたき、燃えたぎる青森市民を象徴するものだそうです。

市民ホール・ラウンジ
市民ホール・ラウンジ
(昭和44年、広報広聴課蔵)

開館当時の主な施設としては、1階には老人クラブを対象とした集会室や浴室(岩風呂)、2階には婦人団体を対象とした調理室や茶華道室、3階には児童集会室や図書室、そして4階より上には子どもたちに「宇宙の夢」を与える科学展示室やプラネタリウムがありました。5階のプラネタリウムは直径10メートルで120人を収容でき、当時、同規模のものは東北では仙台市にあるだけだったそうです。

岩風呂
岩風呂
(昭和44年、広報広聴課蔵)

科学展示室
科学展示室
(昭和44年、広報広聴課蔵)

プラネタリウム
プラネタリウム
(昭和44年、広報広聴課蔵)

開館翌月に発行された『広報あおもり』をみると「市民文化センターをたいせつに」という記事が掲載されています。記事によると、青森市民文化センターは子どもたちに大人気で、放課後になると一斉に来館して館内で遊んでいたようです。しかし、科学展示室では展示品を壊してしまう子どももいたようで、テレビ電話や体力測定機といった展示品は毎日のように修理に追われていたそうです。

2階にあった食堂
2階にあった食堂
(昭和44年、広報広聴課蔵)

開館当時の青森市民文化センターと現在の青森市中央市民センターを比べてみますと、2階の食堂が青森空襲資料常設展示室に、4階の科学展示室が小ホールに変わるなど、施設内にさまざまな変化がみられますが、現在も市民の学習活動やクラブ活動の場として重要な役割を果たしています。

※今回の内容は『新青森市史』通史編第四巻 現代(2014年 青森市)、『Ahaus』No.2(2005年 Ahaus編集部)などを参考にしました。

問合せ

所属課室:青森市教育委員会事務局市民図書館 担当者名:歴史資料室

青森市新町一丁目3-7

電話番号:017-732-5271

ファックス番号:017-732-5272

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