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更新日:2016年1月8日

「あおもり歴史トリビア」第139号(2014年12月26日配信)

青森空港開港50周年(担当:村上)

年末年始を故郷で過ごす方や旅行へ出かける方などで駅や空港がにぎわう時期となりました。今回は、今年で開港から50年を迎えた青森空港についてお話ししたいと思います。

青森空港は昭和37年(1962)8月2日に運輸省から設置許可を得て、同年9月1日工事に着手し、昭和39年8月に完成しました。その後、工事完成検査や運輸省航空局の「ちよだ号」による飛行テストを経て、同年11月5日に開港式が行われ、供用を開始しました。

開港式には青森市の千葉市長や青森県の平野副知事ら関係者が参列しました。テープカットを行うと、待機していた「ちよだ号」が初飛行を行い、さらに、羽田空港から招待客を乗せた飛行機も着陸しました。この日は空港につめかけた多くの市民も開港を祝ったといいます。

青森空港には青森-東京間の定期便が就航することとなり、翌年6月1日に運航を開始しました。運航初日には力士による弓取りや相撲甚句の披露、乗務員への花束贈呈、青森県の竹内知事によるテープカットなどが行われました。

乗務員への花束贈呈
乗務員への花束贈呈
(昭和40年、市広報広聴課蔵)

竹内知事によるテープカット
竹内知事によるテープカット
(昭和40年、市広報広聴課蔵)

 

定期便運航初日の青森空港
定期便運航初日の青森空港
(昭和40年、市広報広聴課蔵)

こうして開港した青森空港でしたが、二つの大きな問題を抱えていました。一つは冬期間の閉鎖です。雪深い青森空港では11月から4月まで定期便が休航していました。青森空港では除雪方法の研究を重ね、少しずつ閉鎖期間を短縮し、昭和56年から通年運航が可能になりました。

もう一つの問題は滑走路が1200メートルと短くジェット機が発着できなかったことです。青森空港には東京便に加えて札幌・大阪への定期便も就航し、昭和40年代に年間2万人だった利用者は、昭和50年代になると年間14万人となっていました。そうした状況からジェット機の就航が求められるようになりました。青森空港は二度の工事で滑走路が1400メートルに延長されましたが、ジェット機の離着陸は不可能で、さらなる延長も難しいことから新空港の建設が検討されました。

新空港の建設にあたってはいくつかの候補地がありましたが、青森空港の滑走路の方位を変えて整備することが決まりました。新しい青森空港は昭和57年10月工事に着手し、昭和62年に供用を開始しました。そして、現在まで青森県の空の玄関として大きな役割を果たしているのです。

※今回の内容は『新青森市史』通史編第4巻 現代(2014年 青森市)、『青森県土木五十年史』(2000年 青森県土木部)、『青森県史』資料編 近現代6(2014年 青森県)などを参考にしました。

問合せ

所属課室:青森市教育委員会事務局市民図書館 担当者名:歴史資料室

青森市新町一丁目3-7

電話番号:017-732-5271

ファックス番号:017-732-5272

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