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更新日:2016年1月8日

「あおもり歴史トリビア」第134号(2014年11月21日配信)

西田沢・西滝の「西」の謎(担当:鈴木)

だいぶ寒くなってきました。そしてまた雪の季節がやってきますね。冬の準備はもうおすみでしょうか?

青森市の地図を見て、不思議に思ったことはありませんか?

「造道(つくりみち)」の東に「東造道」があり、「金沢」の北には「北金沢」、「佃」より南にあるのが「南佃」でその間にあるのは「中佃」。でも油川の北隣り「西田沢」の近くには、ほかに「田沢」と付く大字はなく、東側は海です。また、沖館川と西滝川の合流地点にある「西滝」も、近くに「滝」や「東滝」の字名は見当たりません。では、なぜこれらの地名に「西」がついているのでしょう?

実は、もともとこのふたつの地域は「田沢村」と「滝村」でした。

「田沢村」と記された文書
「田沢村」と記された文書
(明治8年、市史編さん室蔵)

「西田沢村」と記された文書
「西田沢村」と記された文書
(明治13年、市史編さん室蔵)

廃藩置県後の明治6年(1873)3月、青森県下は10大区72小区の行政区画に区分され(大区小区制)、田沢村と滝村は第一大区三小区に所属することになりました。その後、明治11年10月にはこの制度が廃止されて郡制となり、第一大区に属していた両村は東津軽郡となります。しかしこのときに、第一大区七小区に所属していた「田沢村」「滝村」(現在の平内町)も同じ東津軽郡内となったため、同郡内に同名の村がふたつずつ存在することになってしまいました。そこで、明治12年3月に出された県の行政命令により、同名または異字同称の地名にそれぞれ東西南北を冠して区別することとなり、現在の青森市にあるふたつの村は「西田沢村」「西滝村」、そしてもう一方は「東田沢村」「東滝村」となったのです。

その後、明治22年に西田沢村と清水・内真部・前田・奥内・瀬戸子(せとし)・飛鳥の7ヶ村が合併して東津軽郡奥内村となり(昭和30年〈1955〉に青森市と合併)、同じく同年、西滝村と沖館・新田(にった)・古川・浪館・岩渡(いわたり)・三内・孫内の8ヶ村も合併して東津軽郡滝内村となったため、西田沢・西滝は村名から大字名となりました(古川の一部は明治30年に青森町に合併、また沖館・新田・古川の3大字は昭和2年、ほかの5大字は昭和26年に青森市と合併)。

こういった例は、青森市ではほかに、南津軽郡に所属していた浪岡の「北中野」と黒石市の「南中野」が、他県では、秋田県仙北郡に所属していた大仙市太田町の「東今泉」と同市土川の「西今泉」などがあります。

ちなみに、東田沢・東滝は夏泊(なつどまり)半島にありますので、地図で探してみてくださいね。

平内町東田沢地区
平内町東田沢地区(平成21年撮影)

問合せ

所属課室:青森市教育委員会事務局市民図書館 担当者名:歴史資料室

青森市新町一丁目3-7

電話番号:017-732-5271

ファックス番号:017-732-5272

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