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更新日:2015年6月1日

「あおもり歴史トリビア」第95号(2014年2月14日配信)

明治時代の小学校(担当:鈴木)

1月31日配信の「あおもり歴史トリビア」第93号は江戸時代の寺子屋についてでしたが、今回は明治時代の小学校のお話です。

市史編さん室では、市史の編さんに役立てるため、合併前の旧町村役場・各支所や市民図書館で保管されていた資料、市民の方々から寄贈いただいた様々な資料を所蔵しており、これを分類整理・目録化する作業を行っています。その中には、明治期の教科書も含まれています。

明治4年(1871)、新政府は文部省を創設し、翌5年に「学制」の頒布(法令などを広く行きわたらせる)により、寺子屋にかわって公立小学校の開設が計画されました。このときは「6歳で入学し、下等小学4年、上等小学4年」が原則で、青森町においては、明治6年7月28日に正覚寺を仮校舎に青森小学が開校しました(現在の長島小学校、平成24年11月2日配信の「あおもり歴史トリビア」第31号参照)。また、その後、新しく開校する小学校が増えるに伴い、教授法を学んだ教員の養成が不可欠であったため、明治9年11月には青森県師範学校が青森と弘前に開設されました。

編さん室の所蔵資料に、『師範学校 改正小学教授本』(1877年 中外堂)があります。巻頭には一番初級の「下等第八級」への教授法が具体的に書かれており、イロハ、アイウエオ、数字、九九、ローマ数字、単語、図形、色彩など多岐にわたる内容が表や図で示されています。図表には「明治七年八月改正 文部省」と入っており、これまで寺子屋ごとにまちまちであった教育内容を統一しようとしたことがうかがえます。

『師範学校 改正小学教授本』(市史編さん室所蔵資料)
『師範学校 改正小学教授本』
(市史編さん室所蔵資料)

単語図(『師範学校 改正小学教授本』より)

単語図
(『師範学校 改正小学教授本』より)

色図(『師範学校 改正小学教授本』より)

色図
(『師範学校 改正小学教授本』より)

その後、明治12年に「学制」を廃して「教育令」を公布、さらに明治19年の「小学校令」公布で、小学校は「尋常小学校4年(義務教育)と高等小学校4年(任意)」とされました。

明治31年発行の『高等小学筆算教科書 巻之壱 生徒用』(1894年初版 共益商社書店)は、算用数字と漢数字の両方で学ぶようにできています。内容は加減乗除法、時間・距離・面積などの単位、約数・倍数・素因数、分数で、これらの計算問題と応用問題が載っています。

問題文は「一哩(マイル)ハ大凡(おおよそ)我ガ十四町四十三間一尺三寸六分ナリ、問フ七十五哩ヲ我ガ里法ニナセバ幾何ナルカ」や「一メートルハ曲尺(かねじゃく)三尺三寸ナリ、問フ百六十五メートルハ曲尺幾尺ニ相当スルカ」など、いろいろな単位の換算も学べるように工夫されています。文章中には「植字職工」「雇耕夫」「郵便脚夫」「書生」「馬車」「人力車」など、当時の暮らしを映した言葉もみえ、また、漢数字と尺貫法を用いて縦書きで書かれているためにとても難しそうに感じます。当時の小学生達は、こんな問題を解いていたのですね。

藩政時代から現代までの青森市における教育の変遷については、平成10・11年発行『新青森市史』別編 教育(1)、同(2)に詳しく書かれておりますので、ぜひご覧いただければと思います。

『高等小学筆算教科書 巻之壱 生徒用』(市史編さん室所蔵資料)
『高等小学筆算教科書 巻之壱 生徒用』
(市史編さん室所蔵資料)

縦書きと横書きが混ざったページ(『高等小学筆算教科書 巻之壱 生徒用』より)
縦書きと横書きが混ざったページ
(『高等小学筆算教科書 巻之壱 生徒用』より)

問合せ

所属課室:青森市教育委員会事務局市民図書館 担当者名:歴史資料室

青森市新町一丁目3-7

電話番号:017-732-5271

ファックス番号:017-732-5272

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