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更新日:2015年6月1日

「あおもり歴史トリビア」第2号(2012年4月13日配信)

青森町の誕生(担当:竹森)

皆さん、はじめまして。市史編さん室で去年から嘱託員を務めさせていただいております、竹森と申します。今回は第2回目ということで、青森町が誕生するきっかけとなった一つの出来事について紹介していきます。

4月に入り、皆様は気持ちも新たに新生活に邁進していることと思いますが、青森市の歩みを振り返ると、江戸時代、青森町の町づくりが本格的に始まったのも4月であったと言えます。

今から390年ほど前、寛永3年(1626)の4月6日は、弘前藩2代藩主津軽信枚(つがる・のぶひら)が家臣の森山弥七郎(もりやま・やしちろう)に、青森の町づくりと、青森への積極的な人集めを命じた日です。

油川浄満寺にある森山弥七郎の供養碑
油川浄満寺にある森山弥七郎の供養碑

供養碑の解説板
供養碑の解説板

弘前藩は当時、同藩の江戸藩邸で消費する米を江戸へ送るための新たな湊を、外浜(そとがはま)の地に開くことを決めていました。その開港地に選ばれたのが、おおむね現在の善知鳥神社から堤川までの地域で、信枚はこの地域に湊を建設するだけでなく、同地での大規模な町づくりを計画しました。その指揮を森山に一任したのがこの日であり、のちにこの町は青森町と呼ばれることとなります。

これ以降、青森は湊を中心として発展していき、のちには城下弘前に次ぐ人口が集まる大都市へと成長していくのです。

青森港旅客ターミナル付近から見た現在の青森市
青森港旅客ターミナル付近から見た現在の青森市

おすすめ情報

ただ今、県立郷土館エントランスホールにて、江戸時代後期の紀行家・菅江真澄(すがえ・ますみ)が津軽を訪れた際の見聞を記した「外浜奇勝(そとがはまきしょう)」が一般公開されています。

この本は、津軽の風景や人々の生活を挿絵とともにありのままに描いた一冊で、今回展示されるものは、現存する唯一の直筆本となります。高田村の機織神社や浅虫など市域の各地を訪れた際の記述も多く、江戸時代の青森の光景を鮮明に思い浮かべることのできる大変貴重な一冊です。

観覧は無料、公開は4月15日までとなっておりますので、まだご覧になっていないかたはお早めに!

問合せ

所属課室:青森市教育委員会事務局市民図書館 担当者名:歴史資料室

青森市新町一丁目3-7

電話番号:017-732-5271

ファックス番号:017-732-5272

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