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更新日:2015年6月1日

「あおもり歴史トリビア」第10号(2012年6月8日配信)

伊能忠敬の止宿地はどこ? その1(担当:工藤)

こんにちは!事務長の工藤大輔です。

街をブラブラ歩いていると、現在は使っていない地名の標柱であるとか、その地区にゆかりのある人物や建物などの解説板を目にすることがあります。

今回は、偶然立ち止まって読んでみた、本町5丁目(シャトーム本町前)にある「伊能忠敬(いのう・ただたか)」の解説板をご紹介しましょう。

現在は使われていない地名「大町」の標柱
現在は使われていない地名「大町」の標柱

本町五丁目(シャトーム本町前)
本町五丁目(シャトーム本町前)

伊能さんは、江戸時代後期の測量家で、全国を17年かけて測量し「大日本沿海輿地全図(だいにほんえんかいよちぜんず)」を作ったことで知られてます。10年ほど前になるでしょうか、加藤剛さんが主演の「伊能忠敬・子午線の夢」という映画も作られていますね。

さて、伊能さんは寛政12年(1800)、翌享和元年そして享和2年と、3年連続で陸奥湾沿岸を測量しています。そして、さきの解説板には、【寛政12年(中略)蝦夷地への下向途中、大町(現:青森市)西沢善兵衛宅に止宿】とあります。

この場所に解説板が設置されたのは、伊能さんの止宿地だったからなのですね。

ここで、この事実を確認するために、新たに発掘した資料が満載の『新青森市史』資料編4近世(2)(以下、『近世(2)』とします)を引っ張り出し、そこに掲載されている伊能さんの日記、「測量日記」を読んでみました。

すると…えっ!、「解説板」に書かれてあることと(上の【】の部分)、伊能さんの日記の記述との間にいくつか食い違う箇所を見つけました。ふむふむ…なるほど~。新たな発掘成果が…?!

それではご紹介を…と思いきや、今回はもうスペースが尽きたようです。「さて、クイズです」…とまではいきませんが、何がどう食い違うのでしょうか。

興味のあるかたは『近世(2)』の493~502ページをご覧くださいませ。

この続きはまた来週に。

問合せ

所属課室:青森市教育委員会事務局市民図書館 担当者名:歴史資料室

青森市新町一丁目3-7

電話番号:017-732-5271

ファックス番号:017-732-5272

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