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更新日:2015年6月1日

「あおもり歴史トリビア」第56号(2013年5月10日配信)

大正時代の市立図書館 その2(担当:村上)

今回は3月22日のメールマガジンの続きのお話です。

3月22日のメールマガジンでは、明治43年(1910)の大火で焼失した青森市立図書館が、大野村にあった帝室林野管理局の建物を利用して大正4年(1915)9月27日に開館したこと、そして大正14年に市内橋本に移転したことをご紹介しました。

今回は図書館建物のその後についてお話しします。


大野村にあった頃の青森市立図書館
(『目で見る青森の歴史』より)

市では大正14年2月の段階では、建物を公園に移転して市民の集会所とし、図書館跡地には新しい施設を建てる計画を立てていました。公園を整備するための予算を計上する一方で、市の予算委員会において建物の売却についても議論していました。

事態が大きく動いたのは3月のことでした。大坂金四郎氏(1月11日のメールマガジンでご紹介した大坂金助氏の孫)が、図書館の建物を買い取って合浦公園に移転し、改築した上で市に寄附したいと申し出たのです。亡くなった金助氏が市東部の発展に力を注いでいたことから、その遺志にもとづいて提案したということでした。

市参事会は建物を売却することに同意しましたが、この提案が市会(現在の市議会)に出されると、建物を売るには調査が必要との声が挙がり、審議は延期されることとなりました。市会の反応が思わしくなかったことから、金四郎氏は寄附を撤回してしまいます。寄附撤回を受けて、市会では建物の公売を行うことを決めました。

入札が行われる前の4月10日には、篠原善次郎氏(昨年9月28日のメールマガジンに登場した「市営バスの創始者」といわれる人物)が市長に対して、図書館の建物を物産館に改築して公園に移転し、寄附したいと申し出ていましたが、こちらの計画もうまく進みませんでした。

そして、5月29日に建物の公売入札を行ってみると、1人の入札者もありませんでした。その後も2回の入札を行いましたが、いずれも不調に終わりました。

跡地に新しい施設を建てるため、早く図書館の建物を払い下げたい市でしたが、三度の入札が不調に終わり、図書館を橋本に移転させる7月となってしまいました。

7月2日、ついに建物の払い下げを申請する人物が現れました。それは新町の三浦永太郎氏で、永久保存を目的に図書館建物を購入し、青年会館として活用したいということでした。市参事会は価格を議論した上で承認し、ようやく三浦氏への払い下げが決定しました。

三浦氏と市との約束では7月30日までに建物を移転させることになっていました。しかし、期限までに移転が行われず、市は何度も建物を取り払うよう催促しました。三浦氏は9月5日から10日までに取り壊すと回答しましたが、残念ながら、建物がその後どうなったのかについて、市史編さん室の資料からは確認することはできませんでした。

図書館の建物は青年会館となったのでしょうか。ご存じのかたがいらっしゃいましたら、ぜひ、市史編さん室に情報をお寄せください。

次の担当回では、市立図書館跡地に建てられた新しい施設についてお話しします。新しい施設とはいったい何なのでしょうか?

問合せ

所属課室:青森市教育委員会事務局市民図書館 担当者名:歴史資料室

青森市新町一丁目3-7

電話番号:017-732-5271

ファックス番号:017-732-5272

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