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更新日:2015年6月1日

「あおもり歴史トリビア」第61号(2013年6月14日配信)

災害シリーズ・青森町と風水害(担当:小田桐)

こんにちは、嘱託員の小田桐睦弥です。夕方になるとお囃子の練習の音が聞こえてきて、日ごとに夏の気配が近づいている気がします。

さて、今回は災害のお話です。これから、私の担当回では「災害シリーズ」として、青森市にかかわる様々な災害の様子についてお話ししようと思います。藩政時代の史料に残る青森町の災害は、火山災害を除く全てを網羅しているのではないでしょうか。洪水をはじめとする風水害のほか、青森町で特徴的な火災は大火に発展することが多く、地震の二次災害として発生することもありました。壊滅的な大地震には遭遇していないのですが、太平洋側の地震でも日本海側の地震でも、揺れを感じることは多いようです。

この中でも、洪水・風水害というのは、近世期を通じて最も多く発生した災害です。以前に堤川の毒水問題についてもお話ししましたが、近世の青森町では堤川が氾濫し、たびたび被害が発生しました。

例えば、元禄9年(1696)の風水害では現在の平和公園通りを流れていた蜆貝川が氾濫しました。9月という発生時期や暴風を伴ったことから見ても、おそらくこれは台風であったのだろうと思います。現在でこそ、台風の進路などを気象予報で確認できますが、当時は突然の暴風雨で大変だったことと思います。弘前藩の記録によると、9月19日の夜半から風雨が強まり洪水が発生し、松森町・博労町・塩町・蜆貝町(現在の青柳や堤町辺り)で家屋浸水、村の田んぼから流れ出した稲が、浜町や安方に流れ着いたといいます。水が引いたのは21日朝のことでした。


元禄9年(1696)の風水害の浸水地域などを示した地図
(文政9年〈1826〉の町絵図を基図とした)

最近でも地域によっては水害の「記録」どころか「記憶」のあるかたも多くいらっしゃるのではないでしょうか。江戸時代も去ることながら、近代・現代に入っても水害の記録や写真が残されています。いつの時代も作物の収穫時期に重なる台風は嫌なものだったでしょうね。

問合せ

所属課室:青森市教育委員会事務局市民図書館 担当者名:歴史資料室

青森市新町一丁目3-7

電話番号:017-732-5271

ファックス番号:017-732-5272

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