グローバルメニュー サブメニュー
  • 文字サイズ変更・色合い変更
  • Foreign Language

ホーム > 文化・スポーツ・観光 > 歴史 > メールマガジン「あおもり歴史トリビア」 > 「あおもり歴史トリビア」第62号(2013年6月21日配信)

ここから本文です。

更新日:2015年6月1日

「あおもり歴史トリビア」第62号(2013年6月21日配信)

江戸時代の庶民の旅―『御国巡覧滑稽嘘盡戯』より(担当:渡邊)

こんにちは。きょうは、4月19日配信の『御国巡覧滑稽嘘盡戯(おくにじゅんらんこっけいうそつきげ)』による江戸時代の青森の旅の続きです。

浅虫の湯と酒肴、島めぐりを堪能した、江戸っ子の喜次郎兵衛と津軽生まれの弥太八は、船で青森町の浜町に着き、翌朝、市中見物に出かけます。二人は、まず、安方町をみてまわり、「一念坊」(現在の「一念寺」)に入って番茶を飲み、「善知鳥宮」で境内を眺めて参拝します。それから新町に出て「市神の塚」と「御蔵」の付近を通り、「安定寺」に入ります。


「一念坊」(現在のアスパム通り「一念寺」)

「市神の塚」は、新町の四ツ辻(旧松木屋デパートと大和証券の間)の人家の前にあり、高さ2メートル余りの常緑樹で、その幹に六尺周りの柵立が施された神木で、「御蔵」は、その南側、現在の県営駐車場の辺りにあり、弘前藩の米が集積されていたところ。『嘘盡戯』では、七夕祭りには、この四ツ辻から「御蔵」の前一円に、町中の「ネブタ」が集まり、そこから列を正して、町々へ往来することが書かれています。当時の「ネブタ」の様子がわかり、また、神木からスタートすることを思うと、当時も、青森町の人々にとって「ネブタ」が大切な行事だったことがうかがえて、興味深いですね。


新町の四ツ辻(旧松木屋デパートと大和証券の間)

さて、二人は、その後、「柳町神明宮」、青森町の惣鎮守毘沙門堂などを参拝し、杉林を過ぎて、四か寺を巡るべく、「青森山常光寺」に向かいます。現在の市役所のあたりに「田川の宮」(遷宮前の廣田神社)があり、「杉林」はその辺り一帯から四か寺の南側に広がり、夏の日には、青森の人々は酒肴を携えて、しばしばここで楽しんでいたようです。

さて、常光寺には金毘羅堂があり、ここには、荒天に遭遇した船乗りたちが神仏に無事を祈願して切った髷(まげ)が左右に掛けて奉納されていて、これを見た二人は、そのご利益はさぞかし知られているのだろうと想像します。こうした「髷額(まげがく)」は、江戸時代の風待ち湊、深浦の円覚寺が有名です。

二人は次に「正覚寺」を参詣し、芝居小屋「広居座」で芝居を見流した後、「蓮心寺」を参詣します。蓮心寺には、枝の葉が傘のように大きく広がった古松があり、これを観賞します。「見返りの松」として知られる名樹の古松、喜次郎兵衛と弥太八も感嘆をもって眺めたことでしょう。


見返りの松の掛け軸(蓮心寺)

さらに二人は「蓮華寺」を訪れ、本堂、七面堂、祖師の大碑、番神(ばんじん)堂を順に参拝し、番神堂の傍からはしごで鐘楼堂の上に上がって、青森市中を眼下に眺めるのです。


蓮華寺

喜次郎兵衛と弥太八の旅は、きょうはここまで。次回は二人の旅の最終章です。

問合せ

所属課室:青森市教育委員会事務局市民図書館 担当者名:歴史資料室

青森市新町一丁目3-7

電話番号:017-732-5271

ファックス番号:017-732-5272

より良いウェブサイトにするために皆さんのご意見をお聞かせください。

このページの内容は分かりやすかったですか?

このページの情報は役に立ちましたか?

このページの情報は見つけやすかったですか?