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更新日:2015年6月1日

「あおもり歴史トリビア」第64号(2013年7月5日配信)

大正時代の市立図書館 その3(担当:村上)

こんにちは。今回は5月10日配信の青森市立図書館のお話の続きです。

大正14年(1925)、大野村にあった青森市立図書館が橋本に移転し、跡地に新しい施設が建てられることになりました。いったいどんな施設が建てられたのでしょうか。

移転前(大正11年)と移転後(昭和2年〈1927〉)の地図を比べてみると、図書館のあった場所に学校を表す「文」の記号があり、「古川」と書かれていることがわかります。図書館跡地に建てられたのは「市立古川小学校」だったのです。その場所は青森市域ではなく大野村域として描かれています。


大野村にあった青森市立図書館
(市史編さん室所蔵、大正11年「青森新市街図」より)


図書館跡地に建てられた古川小学校
(市史編さん室所蔵、「昭和二年 青森市勢一覧」より)

  • 地図上に青い線で示したのが市町村界。大正11年の地図では線の右側が青森市域、左側が大野村域。昭和2年の地図では線の内側が大野村域、外側が青森市域。

当時、青森市では児童数の増加により学校不足が問題になっていました。市には早く新しい小学校を開校したいという考えがあり、その候補地となったのが大野村の市立図書館のあった場所でした。

古川小学校が開校したのは大正15年12月24日のことです。校舎の新築工事は6月に完了する予定でしたが、11月までかかり、開校が大幅に遅れることとなりました。建物の払い下げ・解体に時間がかかったことが、その理由の一つです。工事が始まってからも問題が起こりました。

古川小学校の校舎は鉄筋コンクリート三階建てで計画されましたが、建設に必要な砂利が予定通りに手に入らず、工事が半年に渡ってストップしてしまったのです。工事再開後も枠板不足などで工事が停滞することがありました。鉄筋建築は関東大震災後、耐震や防火の面で注目されるようになりましたが、青森市内では古川小学校が二番目の工事ということで、まだ一般的ではなかったようです。

校舎完成後、12月24日に長島小学校、新町小学校、莨町小学校から古川小学校へと学級が移動され、児童数は尋常科・高等科合わせて915名となりました。始業式は翌年(昭和2年)1月17日に開かれています。

青森市からは古川小学校へ子どもたちが通い、古川小学校近くにあった県庁官舎からは職員が青森市へ通い、青森市の一部のようになっていった大野村の金沢地区は、昭和7年に青森市へと編入され、大野村に青森市立の学校が置かれるという複雑な状態は解消されました。


古川小学校の校舎(昭和20年代、『復興した 新しい青森』より)

ちなみに、大正15年に完成した古川小学校の校舎は昭和20年7月28日の空襲で全焼したものの、鉄筋部分は残り、平成8年に解体されるまで利用されました。

※今回のメールマガジンの内容は青森市立古川小学校創立80周年・青森市古川市民センター開設10周年記念誌『ながれ』などを参考にしています。

問合せ

所属課室:青森市教育委員会事務局市民図書館 担当者名:歴史資料室

青森市新町一丁目3-7

電話番号:017-732-5271

ファックス番号:017-732-5272

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