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更新日:2015年6月1日

「あおもり歴史トリビア」第66号(2013年7月19日配信)

青森みやげ「パニクラパイプ」(担当:鈴木)

いよいよ夏も本番ですね。この季節は、帰省や観光で、いろいろなおみやげものを目にします。そこで今回は、青森市のおみやげものについてご紹介したいと思います。

青森といえば、まずはホタテ、りんごやりんごのお菓子、津軽飴、昆布ようかん、くじら餅、最近では生産量が日本一のカシスも知られてきました。

また、工芸品では津軽びいどろや、ねぶたハネト人形などがありますが、戦前から昭和30年代にかけて作られていたらしい、今では見られないものに「パニクラパイプ」があります。


昆布ようかん


ねぶた人形

これは県内特産の根曲がり竹の形をうまく本体に利用した独特なもので、いつごろ考案されたのか明確にはわかりませんが、昭和9年(1934)の青森市役所発行『青森商工案内』の美術工芸品の欄によれば、「パニクラパイプ(別名青森パイプ)」は、外国人は竹を非常に珍重するため、特に欧米人に好まれて海外へも輸出され、「国際的工芸品」として期待されていたようです。当時はモダンなものだったのでしょう、昭和初期に流行した『青森行進曲』の歌詞にも「あける海々 あのニシン船 パニクラくわえて 渚を行けば」と歌われています。

昭和6年5月30日付の『東奥日報』には、「根曲竹パイプ輸出問合せ」の見出しで、青森手工協会が産業動員により製作した「パニクラタ・パイプ」(表記そのまま)が輸出向けに好適とのことで、輸出入商からの照会があったことを伝えています。

また、昭和7年3月8日付の『東奥日報』には、西第八師団長が師団長会議で上京の際に、青森師範学校の西館教諭謹製のパニクラパイプを皇太后陛下に献上したとの記事がありました。この時のパイプには「浅虫の風景絵」が彫られていたそうです。また、「青森県の中等学校及び小学校に於て産業発展の見地からパイプの製作を奨励して居る」ともあります。当時の学校の手工教育(現在の図工・技術家庭科の前身)で取り入れられていたのでしょうか。

戦後になっては、昭和36年の青森市経済部商工課発行『あおもり』に、観光土産品として「善知鳥彫だるま」や「津軽娘人形」などと並んで「パニクラパイプ」の写真が掲載されていますが、今では見かけることがなくなってしまいました。実際に使い勝手はどうだったのかわかりませんが、両切り煙草の時代には、実用的で素朴な工芸品として人気があったものと思われます。


善知鳥彫だるま


津軽娘人形


パニクラパイプ

「パニクラ」の意味が気になりいろいろ調べてみましたが、根曲がり竹の古い学名であるなど諸説あり、はっきりとはわかりませんでした。ただ、なんだか昭和初期の時代の香りがする素敵な名前ではないでしょうか。

※写真は青森市経済部商工課『あおもり』(昭和36年発行、市史編さん室所蔵)より。

問合せ

所属課室:青森市教育委員会事務局市民図書館 担当者名:歴史資料室

青森市新町一丁目3-7

電話番号:017-732-5271

ファックス番号:017-732-5272

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