ホーム > 文化・スポーツ・観光 > 歴史 > メールマガジン「あおもり歴史トリビア」 > 「あおもり歴史トリビア」第116号(2014年7月18日配信)
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更新日:2015年8月10日
こんにちは。蝉の鳴き声がちらほら聞こえはじめてきましたね。今回は、6月20日配信の「あおもり歴史トリビア」第120号「梵珠山」に引き続いて、「眺望山」についてお話します。
眺望山の看板 |
眺望山の案内図 |
眺望山は、昭和43年(1968)青森県の明治100年記念事業の一環で、梵珠山一帯とともに「青森県民の森」に設定されました。眺望山は、梵珠山の北に位置し奥内駅から西へ約7キロメートルの内真部地区にあります。周辺一帯は日本三大美林の一つである「天然青森ヒバ」の樹海やヒノキ、カラマツ、スギなどの人工造林、ナラなどの広葉樹林など様々な樹木が見られます。登り口は、主要地方道屏風山・内真部線の一本道沿いに「東口」、「中央口」、「西口」がありますが、現在、「中央口」と「西口」は、散策路の崩落等により立入禁止になっています。
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「東口」から、登りはじめると9つの解説板があります。その中の一つに「ヒバの右巻、左巻」という解説板があり、「ヒバの幹は、一般にまっすぐ上に伸びていますが、右または左によじれているものも多くあります。」と書かれており、解説板付近に歩道をはさんで右巻、左巻の大木を見ることができます。
解説板「ヒバの右巻左巻」
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また、「山火事跡の根株」という解説板には、「眺望山付近は、明治13年(1880)頃までたびたび山火事があったので、大正の初めまで『焼山』と呼ばれていました。その後、山火事を防ぎ、手入れに努めたため、このような林に生まれ変わりました。名称も大正7年(1918)6月10日にこの山にふさわしい『眺望山』という名になりました。」とあり、近くに焼け焦げた根株が今も残っています。
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「オドリヒバ」という解説板には、「ヒバの中には、幹が二叉、三つ叉と分かれているものを時折見かけます。また、枝先から芯が立ち、幹のように直立しているものもあります。このヒバは、たくさんの枝から芯が立ち、まるで踊っているかのように見えることから、その名が付けられました。」とあり、楽しそうなダンシングツリーが見られます。
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散策路の頂上までは、標高143メートルで急な坂もなく、遊歩道が整備されているので、解説板を見ながらいろいろなことが学べ、子どもからお年寄りまで、気軽に登ることができます。
整備された遊歩道
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頂上には、昭和46年10月に森林鉄道のレールを使用して青森運輸営林署が展望台をつくりましたが、老朽化のため、平成22年(2010)3月に高さ19メートルの展望台が新たに完成し、陸奥湾、八甲田等の眺望が楽しめるようになりました。
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森林鉄道のレールを使用して 展望台をつくった当時の看板 |
現在の展望台看板 |
![]() 展望台から見る八甲田など |
![]() 展望台 |
明日から、夏休みに入る小・中学生も多いと思いますので、森林浴、植物観察、ハイキングに訪れてみませんか。
![]() ハウチワカエデ |
![]() ミズキ |
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