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更新日:2017年3月17日

「あおもり歴史トリビア」第115号(2014年7月11日配信)

奥内海水浴場(担当:村上)

こんにちは。市史編さん室の隣にある勤労者プール(松原一丁目)では7月5日(土曜日)にプール開きが行われました。晴れた日にはプールにたくさんの子どもたちが集まり、楽しそうな声が聞こえてきます。夏休みにはプールや海に出かける予定を立てている方も多いのではないでしょうか。

そこで、今回は市内にかつてあった「奥内海水浴場」の歴史をご紹介します。

奥内海水浴場は昭和38年(1963)7月、奥内小学校の校地内に設けられました。県内でも校地内に砂浜を持つ学校は珍しいといいます。海水浴場は子どもたちの健康増進を目的とし、市教育委員会の指導のもとPTAが管理を行っていました。安全な遊泳場所ができたことに保護者は喜び、協力して会場設営や監視活動を行いました。

国鉄津軽線奥内駅が近く、市営バス蟹田線も走っていて便利な奥内海水浴場には、地区の子どもたちだけでなく、県内各地から子ども会などの団体も訪れました。子どもがお世話になるからと油川小学校PTAが清掃活動を行うこともあったそうです。奥内海水浴場は地域住民に支えられた海水浴場だったといえるでしょう。

奥内海水浴場(昭和42年、市広報広聴課所蔵)
奥内海水浴場(昭和42年、市広報広聴課所蔵)

開設時期は7月中旬から8月中旬までの約1か月間で、初年度の利用者は約3500人でした。ちなみに、同じ年に市内で最も利用者が多かった海水浴場は合浦海水浴場で、約17万人が利用しています。

そんな奥内海水浴場に5万人の利用者が訪れた年がありました。それは合浦海水浴場が閉鎖された昭和42年のことです。閉鎖の原因は周辺の堰を流れる汚水や工場排水などにより海水が汚染されたことでした。市は奥内・久栗坂・野内の3か所を指定海水浴場とし、広報誌に「合浦海水浴場での水泳をやめよう」という記事を掲載しました(『広報あおもり』昭和42年8月5日号)。

翌年はオイルフェンスの設置などの対策によって合浦海水浴場を開設することができ、奥内海水浴場の利用者は減少しましたが、9000人が訪れています。しかし、奥内海水浴場では周辺の護岸工事によって環境が変わり、海水汚染のため昭和47年に海水浴場は閉鎖されることになりました。

昭和30年代の合浦海水浴場
昭和30年代の合浦海水浴場
(青森市経済部商工課『あおもり』、昭和34年発行、市史編さん室蔵)

現在、市内で海水浴を楽しむことのできる場所は合浦海水浴場、油川ふるさと海岸海水浴場(油川海岸)、サンセットビーチあさむしの3か所で、今年は7月19日(土曜日)に海開きが行われます。

サンセットビーチあさむし
サンセットビーチあさむし

※今回の内容は『新青森市史』通史編第4巻、『奥小百年』(青森市立奥内小学校創立百周年記念事業協賛会)などを参考にしました。

問合せ

所属課室:青森市教育委員会事務局市民図書館 担当者名:歴史資料室

青森市新町一丁目3-7

電話番号:017-732-5271

ファックス番号:017-732-5272

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