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更新日:2015年8月10日

「あおもり歴史トリビア」第114号(2014年7月4日配信)

諏訪神社の燈籠(担当:鈴木)

7月に入りいよいよ夏も本番、市内あちこちの神社等で開催される宵宮も楽しみですね。今回は、7月24~26日に宵宮が開催される諏訪神社の燈籠(とうろう)のお話です。

諏訪神社の大燈籠
諏訪神社の大燈籠

堤橋のたもとにある諏訪神社の一の鳥居をくぐると、二基一対の大きな石燈籠があります。この燈籠は、昭和15年(1940)の皇紀二千六百年を記念して、大地主であった堤町の二代目若松円太郎氏が奉納したものです。

台座には、聖徳(せいとく)公園(当時は現在よりも少し東にありました)・凱旋門(日露戦争の戦勝祝賀で建設)・伊勢神宮・岩木山神社・十和田湖・後藤伍長銅像・弘前城・合浦公園・浅虫(東北帝国大学臨海実験所の水族館と裸島)・青森ねぶたという、青森にかかわる景色を描いた10面のレリーフが施されており、このようなレリーフのある燈籠はとても珍しいそうです。現在はだいぶ表面が摩滅してしまっていますが、一部にかすかに色が残っているので、当時は鮮やかに彩色されていたのでしょうか。

レリーフ(聖徳公園)
レリーフ(聖徳公園)

レリーフ(後藤伍長銅像)
レリーフ(後藤伍長銅像)

このレリーフの原型を制作したのは、戦前戦後の日本の彫刻界で活躍された弘前市出身の三国慶一氏(1899-1980)です。三国氏は戦後の昭和23年に、柳町交差点のロータリーに建てられた「青森平和観音像」の原型を制作されました。これは、戦災犠牲者の慰霊と平和を祈念するために建立されたもので、現在は同じ原型に基づき鋳造された青森平和記念像が柳町通りのグリーンベルトに建てられています。青森平和観音像については、平成24年(2012)7月27日配信の「あおもり歴史トリビア」第17号にその建立の経緯が書かれていますので、ぜひバックナンバーでお読みいただければと思います。

また、この燈籠の施工には、昭和61年に第2代ねぶた名人となった北川啓三氏(1905-88)も左官として参加しています。啓三氏は、初代名人 北川金三郎氏の次男として青森市鍛治町に生まれ、12歳からねぶた作りに参加し、戦後は優れたねぶたを次々と制作しました。『青森ねぶた誌』によれば、現在活躍中の北村隆氏・北村明(蓮明)氏の師匠にあたるそうです。また、それまで竹を使用していたねぶたの骨に、最初に針金を併用したのが啓三氏(金三郎氏とも)といわれ、それにより現在のように細かい表現が可能になったのです。

左官 北川啓三の文字
左官 北川啓三の文字

レリーフ(ねぶた)
レリーフ(ねぶた)

現在のように、ねぶたが専門のねぶた師によって制作される以前には、啓三氏のような、ねぶた好きで器用なかたが本業をもちながら運行団体の依頼で制作の中心を担っていました。それで、啓三氏はねぶた以外に本業の左官業でもこうした作品を残しているのですね。

このレリーフの図柄は奉納された昭和10年代頃の風景なので、今とは少し違っている場所もあります。ねぶたも竹で骨組みを作った丸みのあるもので、古いねぶたのかたちを見ることができますので、ぜひ探してみてくださいね。

※今回のトリビアは『諏訪神社』(2004年 諏訪神社発行)、『青森ねぶた誌』(2000年 青森市発行)を参考にしました。

問合せ

所属課室:青森市教育委員会事務局市民図書館 担当者名:歴史資料室

青森市新町一丁目3-7

電話番号:017-732-5271

ファックス番号:017-732-5272

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