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更新日:2017年3月17日

「あおもり歴史トリビア」第107号(2014年5月16日配信)

「旧線路通り」に線路があった頃(担当:村上)

先週の「あおもり歴史トリビア」では東北本線跡地に作られた「文芸のこみち」を紹介しました。

そこで今回は、青森市内にあるもう一つの東北本線跡地「旧線路通り」を紹介したいと思います。「旧線路通り」は国道四号・七号の山手(南側)に位置し、青森駅前から橋本までを結んでおり、車両は一部の区間が青森駅方面へ向かって東から西への一方通行となっています。

さて、この「旧線路通り」に東北本線の線路があったのはいつのことなのでしょうか?

青森-東京間に鉄道が建設され、青森駅が開業したのは明治24年(1891)9月1日のことでした。この時に建設された東北本線の青森駅から浦町駅(明治26年開業)までの区間が「旧線路通り」にあたります。開業当時の浦町駅は現在の「旧線路通り」と平和公園通りとの交差点付近にありました。

しかし、この区間は大正15年(1926)、青森操車場の建設にともなって廃止されました。つまり、「旧線路通り」を列車が走っていたのは明治24年から大正15年までの間ということになります。

青森操車場が建設されたのは現在の青い森セントラルパークの場所です。操車場は青森-浦町間の南方にあり、東北本線の線路から離れていました。そこで、東北本線が堤川方面から浦町駅と青森操車場を通って青森駅へと入るように、新しい線路を建設することになったのです。この時、浦町駅は現在の平和公園付近に移転し、青森駅から堤川手前までの区間が新しい線路に切り替えられました。

旧線路と新線路の位置
旧線路と新線路の位置(『青森海陸連絡工事概要 附青森操車場』より筆者トレース)

浦町駅(昭和43年、市史編さん室蔵)
浦町駅(昭和43年、市史編さん室蔵)

浦町駅の跡地に整備された平和公園
浦町駅の跡地に整備された平和公園

青森操車場の建設は大正12年に始まり、大正15年10月25日に完成しました。青森市では線路跡地を道路として整備するために鉄道省と交渉を行い、青森駅付近から浦町駅旧構内以西の線路跡の払い下げについて同年10月29日付で認可を受けました(『東奥日報』大正15年11月2日)。こうして現在の「旧線路通り」にあたる道が誕生することになったのです。

東北本線の歴史については『新青森市史』通史編第三巻・第四巻でも詳しく取り上げておりますので、あわせてご覧ください。

※今回の内容は『ものがたり東北本線史』(昭和46年、日本国有鉄道仙台駐在理事室)などを参考にしました。

問合せ

所属課室:青森市教育委員会事務局市民図書館 担当者名:歴史資料室

青森市新町一丁目3-7

電話番号:017-732-5271

ファックス番号:017-732-5272

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