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更新日:2015年6月1日

「あおもり歴史トリビア」第89号(2013年12月27日配信)

寺山修司没後30年―青森市で過ごした青春期(担当:渡邊)

早いもので、今年も歳晩の季節となり、今回が今年最後の「あおもり歴史トリビア」です。今年は、本市ゆかりの人物で、詩人、俳人、歌人、劇作家、脚本家、演出家、映画監督など多様な表現ジャンルで活躍し、「言葉の錬金術師」の異名をとった寺山修司の没後30年にあたり、各地で様々な関連イベント・事業が行われました。そこで、きょうは、寺山修司が青森市で過ごした中学校、高校時代にスポットをあて、その後の活躍の土台となった寺山の青春期を見ていきたいと思います。

寺山修司は弘前市で生まれ、警察官の父の転勤に伴い度々転居しますが、父の出征により、5歳から9歳(聖マリア幼稚園~橋本国民学校に在籍)までを青森市で過ごします。昭和20年(1945)7月28日の青森空襲によって母と共に焼け出されたため、父の兄のいる上北郡六戸村古間木(現・三沢市)に転居しますが、父は戦病死。その後、米軍三沢基地で働いていた母が福岡県の米軍基地に勤務することになったため、昭和23年、青森市で映画館「歌舞伎座」を経営する叔父宅に預けられ、古間木中学校から野脇中学校(第一中学校と統合して南中学校:校地は現在の市文化会館の位置)に転校します。


歌舞伎座跡地にある寺山修司ゆかりの地の案内板(モルトン迎賓館前)

ここで、ひとつの出会いがありました。同級生となった京武久美(きょうぶ ひさよし)さん。彼の影響で寺山は俳句をつくり始め、ここから表現の世界へと傾倒していくのです。

中学時代の寺山は、文芸部員として、学校新聞、学級雑誌などに詩や童話を書き、同人誌「白鳥」を発行します。創作作品からは、寺山の早熟な才能の片鱗とともに、実体験にも通じる寺山の思いを垣間見ることができます。


野脇中学校(『青森市史』第1巻より)

昭和26年、寺山は、親友となった京武さんと共に青森高校に入学、新聞部、文学部に入部します。そして、寺山は京武さんと競うように俳句をつくります。京武さんは、「傑作ができたといっては、翌日まで待つことが出来なくて、どんなに遅くとも、どんなに吹雪いていても、寺山は、ぼくの家にやってきた。」といい、寺山自身、「中学から高校にかけて、私の自己形成にもっとも大きい比重を占めていたのは、俳句であった。」と述べています。京武さんの一句が俳句誌に掲載されたことに刺激を受け、それが、寺山が句会に参加して本格的に俳句に取り組むことになった動機だといいます。

寺山と京武さんは青森高校山彦俳句会を立ち上げ、学生俳句雑誌「青い森」を創刊するとともに、県高校生俳句大会を開くなど、積極的に活動します。寺山は文学部の部長となっていましたが、青森高校文学部では、それまで主流であった小説は影が薄れ、いつのまにか、俳句が主流になっていました。県高校生俳句大会を成功させた寺山らは、さらに全国学生俳句会議を組織し、全国高校生俳句コンクールを開催します。そして、このときの参加者を中心に全国の高校生に、明日の俳句をひらくために動かなければならないのは若いゼネレーションの僕たちだと呼びかけ、10代の俳句研究誌「牧羊神」を創刊します。


青森高校時代の寺山修司(藤巻健二氏撮影)

昭和29年、寺山は、「種蒔きにはよさそうな畑だから」(友人宛の手紙)と、東京行きを希望し、早稲田大学に入学します。

早稲田大学在学中に第2回短歌研究新人賞を受賞、病気に見舞われながらも、放送詩劇「山姥」でのイタリア賞グランプリ受賞、「書を捨てよ町へ出よう」でのサンレモ映画祭グランプリ受賞、寺山率いる演劇実験室「天井桟敷」の「邪宗門」でのベオグラード国際演劇祭グランプリ受賞など、以後の活躍は周知のとおりです。

寺山修司にとっての青森を思うとき、私はふたつの印象が浮かびます。母とともに逃げ惑い、焼け野原を目の当たりにした少年期の空襲体験。そして、何よりも、親友、京武久美さんと出会い、文学的端緒となった俳句に目覚め、俳句を中心に濃密な文学の時間を過ごし、全国に向けてその敏腕を発揮した、充実の学生時代。父の死や母の不在などのつらい体験や思いを土壌にしながらも、創作に意欲を燃やした青森での日々が、後の寺山修司に繋がっていくのです。

※今回の内容は、『寺山修司の「牧羊神」時代 青春俳句の日々』(松井牧歌)、『われに五月を』(寺山修司)、『寺山修司記念館15周年記念誌』を参考にしています。

問合せ

所属課室:青森市教育委員会事務局市民図書館 担当者名:歴史資料室

青森市新町一丁目3-7

電話番号:017-732-5271

ファックス番号:017-732-5272

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