なみおか今・昔113

町史かわら版(20)

-浪岡町史編集所感- 第2巻の編集を終えて

『浪岡町史』第2巻の編集にあたった町史編さん室主幹・工藤清泰きよひと編集委員の編集所感を紹介します。

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 町史の第2巻は、「浪岡城と北畠氏」特集である。浪岡における歴史を語る場合、絶対に欠かす事ができない部分として、史跡浪岡城に拠った北畠氏の歴史があった。室町時代から戦国時代までの約200年間を町史の1冊として刊行することは、これまでの自治体史では行ったことのない冒険であった。
 そのため、25年間に及ぶ中世城館・浪岡城跡の発掘調査と、明治以来続いている北畠氏に関する郷土史の研究成果を、最新の研究を踏まえて簡潔にまとめる必要にせまられた。
 文献関係のまとめは、宮城教育大学教授・遠藤いわお氏にお願いした。先生は、安藤氏の研究や北からの蒙古襲来に先鞭せんべん をつけた中世史の権威である。依頼から1年余りという短い期間で200頁の完成された原稿を出していただいたとき、編集担当としては「驚異の仕事」と感動した。
 北畠氏は貴族の出身であるがゆえに、津軽の中では「浪岡御所」と尊称されていたが、同時代史料の少なさによって「謎の名族」と見られていた。先生は、少ない史料の読み込みと後世に編さんされた各種の史料を駆使した上で、北奥羽の戦国社会という枠組みの中で実像としての「浪岡御所」を浮かび上がらせることに成功した。
北畠氏の栄華を偲ぶ浪岡城跡(平成10年撮影)
北畠氏の栄華を偲ぶ浪岡城跡(平成10年撮影)
 北畠氏の歴史解明にあたって、浪岡城跡の発掘調査と近隣の城館調査は必須の作業であり、教育委員会の工藤清泰と木村浩一こういちが担当した。昭和52年(1977)、城跡に最初の鍬が入ってから、現在に至るまでの調査成果を一言でいうなら、まさに「浪岡御所」としての風格を現出したものである。武家住宅の様相を呈する建物群、2万点も出土した中国と国産の陶磁器、1万点以上の銭貨、武具・仏具から化粧道具にいたる各種金属製品など、全国的に有名な遺跡と比較しても遜色のない中世の一級資料である。
 第2巻は中世の里・なみおかのエッセンスを発露したものであり、いまさらながらに浪岡城は町の至宝であることを再認識する。

『広報なみおか』平成16年(2004)11月1日号に掲載


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